『火山と日本の神話』ワノフスキー

寺田寅彦『神話と地球物理学』

(写真AC)

火の神を産んだことで女陰に大ヤケドを負って死んだイザナミを、「火山の女神」だと見る説がある。

だが、カグツチ本人を火山の神だというなら素直だが、火が原因で死んだイザナミがなぜ「火山の女神」なんだろうか。


調べてみると、言い出しっぺは科学者の寺田寅彦 (1878~1935)らしい。


寺田は地球物理学者としての目線で「古事記」を読んだとき、イザナミの「国産み」は「海底火山の噴出、あるいは地震による海底の隆起によって海中に島が現われ、あるいは暗礁が露出する現象、あるいはまた河口における三角州の出現などを連想させる」と書いている。


さらにはスサノオの乱暴狼藉も「火山現象」を表してるといい、アマテラスの「 天の岩戸隠れ」神話も火山の噴火の描写だと書いている。

   これらの記事を日蝕に比べる説もあったようであるが、日蝕のごとき短時間の暗黒状態としては、ここに引用した以外のいろいろな記事が調和しない。

神々が鏡や玉を作ったりしてあらゆる方策を講じるという顚末を叙した記事は、ともかくも、相当な長い時間の経過を暗示するからである。

(『神話と地球物理学』1933年)

とは言え引用した文章は、Kindleで¥0でダウンロードできる数ページの随筆の一部で、思いつきを書き留めただけのもののようだ。


その寺田の説を受けて本格的な考察に仕立てたのは、何とロシア人の「革命家」で、亡命先の日本で火山に魅了された、ワノフスキー(1874~1967)なる人物だった。

ワノフスキー火山と日本の神話

火山と日本の神話

ワノフスキーの「火山神話論」では、古事記神話を「火山の神々とそれを鎮めようとする神々の闘い」として読み解いている。


前者の「火山の神」にはイザナミ、スサノオ、オオクニヌシ、コトシロヌシ、タケミナカタ、サルタヒコら「出雲系、国つ神が多い」とされ、後者の「火山を鎮める神」にはイザナギ、アマテラス、タケミカヅチ、フツヌシ、アメノウズメ、ニニギら「天皇家の先祖神とその配下につらなる神々」の名前が挙げられている。


だがそうやって議論を単純化すれば、いかにもキリスト教社会から来た共産主義者(無神論者)による善悪二元論のように聞こえるが、ワノフスキー説の面白いところは、神々の闘争の先までをも火山で読み解こうとするしぶとさにある。

本の欄外の解説文を借りるなら、たしかに「火山灰は農作物に甚大な被害を与えるが、長期的に見れば、火山噴火はマグネシウム、カルシウムなど植物にとって有用なミネラルを地表に放出し、土壌を若返らせる面もある」。


高天原を追放されて地上に降りた悪漢スサノオの、突然の正義のヒーローへの転身を、ワノフスキーは「火山からくる二重性」だと考えたようだ。

はじめは破壊と害悪をもたらすが、のちに創造と有益ももたらす存在であると。


またワノフスキーは、日本列島に流入して縄文人を形成していったアジア大陸や南方の島々の人々が、順番に(?)阿蘇山の噴火を経験していったことが、「古事記」に火山のモチーフが色濃く残ることの理由だと、考えたようだ。

黒煙の雲が空をおおい、太陽さえ暗くする火山噴火の光景は、彼らの想像をひどく刺激し、そして当然、それは火山の神と太陽の神との闘争という意味に彼らは解釈したのであろう。

だが、噴火は終わって偉大な天の発光体は天上に再び輝き始めた。

(『火山と太陽』1955年)

なるほどワノフスキーの説は、火山という日本の国土特有のイメージから、神話を読み解く点においては興味深い。


だが、その説が日本人の精神性とマッチしているかと言えば、それは正直考えにくいとぼくは思う。

なぜならワノフスキーが挙げるような「火山の神」が、実際の火山の周辺で祀られてきているケースが見られないからだ。


阿蘇山はもちろん、桜島でも雲仙でも浅間山でも、榛名でも白根でも富士でも伊豆でも、イザナミもスサノオも祀られていない(村の鎮守レベルまでは知らないが)。


一例として、ぼくら関東人には身近な「富士火山帯」に鎮座する大きな神社の祭神を。

伊豆・箱根路の三社詣

まずは「箱根神社」。

2015年に大涌谷で水蒸気噴火を起こして、警戒レベル3が発令された事件は記憶に新しいが、そもそも箱根は18万年前の大噴火でできたカルデラの中にある観光地だ。


その中心にある「神山」を遙拝するために、お隣りの駒ヶ岳山頂につくられた祭祀場のあとが、 今の箱根神社「元宮」だとか。


現在の祭神は「瓊瓊杵尊、木花咲耶姫命、彦火火出見尊」のファミリー。元宮では「造化三神」も祀る。

伊豆国一の宮の「三嶋大社」。

御由緒には「富士火山帯根元の神」と明記されているし、『日本の神々 神社と聖地10 東海』にも「伊豆諸島の噴火・造島を司る神であった」と書いてあり、疑いようもなく、火山の神への崇拝から始まった神社だが、ご祭神は「大山祇命」と「事代主神」。

熱海市の「伊豆山神社」。

主祭神は「火牟須比命(ほむすびのみこと)」、すなわちイザナミが最後に産んだ火の神さま、「カグツチ(軻遇突智)だ。

御由緒には、伊豆山神社の「神威」は湧き出る霊湯「走り湯」だと書いてある。単純に、富士火山帯からの恵みを祀っている神社のようだ。

おまけで伊東市の大室山浅間神社」。

コノハナサクヤヒメと一緒に天孫ニニギ に嫁いだものの、あまりのブサイクさに実家に返された気の毒な姉、 イワナガヒメ(磐長姫)を祀る。

4000年前の噴火で誕生したスコリア丘「大室山」の(かつての)火口の中に鎮座する。

浅間神社というと普通ならサクヤヒメを祀るものなので、けっこう珍しいケースのようだ。

大室山で、700年以上続いているという「山焼き」の様子(写真AC)。

その昔、大室山の溶岩流が今の高級リゾート・伊豆高原を作ったと聞くが、まるでその時の溶岩流が山に戻っていくかのようだ。